キーパーソンインタビュー

幅広い娯楽を提供し続ける「浅草花やしき」

株式会社花やしき 代表取締役社長 弘田 昭彦

株式会社花やしき
代表取締役社長 弘田 昭彦

1955年7月
21日生まれ
1979年3月
日本大学文理学部国文学科卒業
1979年5月
東洋娯楽機㈱(現・㈱花やしき)入社
1997年10月
㈱トーゴ(現・㈱花やしき)営業本部 市場開発部部長
2004年9月
㈱花やしき取締役
2008年9月
㈱花やしきミュージック監査役(非常勤)
2012年4月
㈱花やしき代表取締役社長兼 ㈱花やしきミュージック代表取締役就任

バンダイナムコグループのアミューズメント施設会社で、㈱花やしきが運営する日本最古の遊園地「浅草花やしき」の年間入園者数が、2014年度に55万人を超え、年々増加する傾向が続いています。今回は花やしきの弘田昭彦社長に、「浅草花やしき」の状況と今後の取り組みなどについて聞きました。

浅草花やしきの特徴や魅力について教えてください。

弘田:日本最古の遊園地であることが最大の特徴であり、魅力だと思います。「世界一狭い遊園地」とも言われていますが、その狭さを生かした立体的なアトラクションの構成はほかの遊園地では見られません。さらに東日本最大の観光都市の1つである浅草に位置し、浅草寺に隣接しているという立地的な特徴もあります。下町の庶民的な雰囲気が持つ安心感や心地よさが、大規模テーマパークとはまた違った魅力となっています。

園内風景

客層の変化はありますか?

弘田:土日はやはりファミリー層が中心ですが、平日は若い方々のグループなど、幅広い年代のお客さまが増えています。「浅草花やしき」は前中期計画(2012年4月~2015年3月)で「総合娯楽場化」を掲げ、野外リングで本格的なプロレスが楽しめる「ハナヤシキプロレスリング」や、おいしいバーベキューが堪能できる「花やしきBBQガーデン」などを開催し、アトラクション以外のイベントも楽しめる「総合娯楽場」としての施設づくりに継続的に取り組んでいます。こうしたイベントを目的に来られるお客さまが、「浅草花やしき」に興味を持たれ、今度は遊園地を目的に来られるようになっています。お客さま層の変化はこうしたことも一因だと思います。

入園者数が増えている理由は?

弘田:東日本大震災直後は入園者数が落ち込みましたが、その時期を除くとずっと順調に数を伸ばしています。その理由の1つは、2004年に経営統合以前のバンダイグループに入ってから、すぐにトイレや外観などの改装に着手し、古くなった建物の建て替え、飲食店舗の増設、お化け屋敷の新装など、施設の整備に取り組んできた結果だと思います。また、料金面も見直しました。お子さまの付き添いの方のアトラクション搭乗を無料化し、入園無料の対象者を未就学児童やすべての身体障害者の方々に広げました。結果的に子どもを中心とした入園者数が大きく増えました。さらに「総合娯楽場化」構想に伴う各種イベントが人気を集め、入園者数の増加につながっています。一方で、社員が自主的、積極的に明るく仕事ができるように、職場の環境づくりにも努めています。自分の役割を自覚してもらうための責任の明確化や、「自分たちが花やしきを経営していく」という意識改革のための啓発活動などにも、これまで以上に取り組んでいます。こうして社員が生き生きと働くことで、花やしき全体の雰囲気も楽しく明るいものになっていると考えています。

「総合娯楽場化」の取り組みが大きな成果を生んでいますね。

弘田:「浅草花やしき」は江戸末期に植物園で小動物を飼っていたことから始まります。珍しい動物の展示があったり、遊具だけではなくプールや劇場が併設されていたりと、昭和初期までは複合的な娯楽施設としての特徴を持っていました。これから東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年に向けて、さらに入園者数を増やし、外国人旅行者を誘致するインバウンド需要を取り込んでいくためには、遊園地だけのビジネスではなく、昔の花やしきのように複合化された「遊びを提供する場所」にしていきたいと考え、「娯楽場」ということを意識してきましたが、それが良い結果を生んでいると思っています。

地域に根ざした複合的な遊びを提供する昔ながらの「総合娯楽場」を復活させる

インバウンド需要を意識した取り組みはありますか?

弘田:外国人の入園者数の割合は、まだ全体の1%程度です。遊園地は海外にもたくさんありますので、「浅草花やしき」の「日本最古」「世界一狭い」といった特徴を生かし、興味を持っていただけるような仕組みづくりを行っていきたいと考えています。そのためにも、多言語化サインの充実や、無料Wi-Fiの環境整備などにも積極的に取り組んでいます。また、外国人の方々が楽しめる工夫として、忍術を体験できる「忍者体験道場」や、芸者さんのお座敷芸の体験ショー「浅草芸者花やしきの舞」なども始めています。これからも「寿司職人体験」や「三味線体験」など、日本の文化や芸能が体験できるワークショップ型イベントや、「花魁道中」のようなパレード型イベントを仕掛けていき、地域と一緒になって盛り上げていきたいと思います。

弘田社長はずっと「浅草花やしき」に従事してきたのですか?

弘田:最初は、大学を卒業して出版社で営業の仕事をしていました。その後、「浅草花やしき」に日本現存最古のローラーコースターを導入したトーゴという会社に転職し、最初は地元静岡の遊園地で働くようになったのです。そこで子どもたちが喜んでいる顔や、家族連れが楽しそうにしている姿を見て、とてもやりがいのある仕事だと感じました。やがて東京本社に異動し、ゲーム機のセールスを担当した後、遊園地の企画から立ち上げまでを担当するようになり、「浅草花やしき」と直接関わるようになったのです。

バンダイナムコグループに加わったことで何かかわりましたか?

弘田:メーカー業と施設運営業の違いもありますが、最初にグループの人たちと出会ったときは、物事の考え方や行動の仕方がまったく違うので衝撃的でした。グループ間の交流の中でさまざまな刺激を受けることで、仕事を自分たちで作っていくんだという主体的な意識がより強くなったように感じます。その結果、遊園地の運営だけでなく、新たな付加価値となるビジネスに取り組んでいこうという発想も生まれたのだと思います。

今年に入って新しいアトラクションを次々にオープンしましたね。

弘田:今年3月に、小さいお子さまが楽しめる乗りものを増やそうと、空中散歩が楽しめる飛行塔型アトラクション「シラサギ」を導入しました。また、6月には、3階建の砦の中で上下左右、縦横無尽に動き回りながらゴールを目指す複層型巨大迷路「浅草大迷路 忍ノ砦」をオープンしました。いずれも好評で、「浅草花やしき」の新たな魅力となっています。

園内風景

今後の展望を聞かせてください。

弘田:今後も「浅草花やしき」がずっと発展していくためには、しっかりとした総合娯楽場としてのビジネスベースを作っていかなければなりません。東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年までは、そのための下準備だと思っています。その上で、遊園地事業を基幹事業としながら、浅草ならではの地域性を生かし、下町エンターテインメントを加味した飲食・物販・イベント・劇場などを加え、明治後期から昭和初期の花やしきのように、複合的な遊びを提供する「総合娯楽場」にしていきたいと思っています。  花やしきは、バンダイナムコグループの中ではまだまだ事業規模が小さいですが、私が社長でいる間にできるだけ企業規模を大きくし、社員たちの期待に応えていきたいと思っています。

※このインタビューは、2015年9月発行のニュースレター「バンダイナムコニュース」の一部を再編集したものです。